塾は勉強よりも選択肢を考えるきっかけを提供するべき


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ぼくは中学校からずっと成績が悪くて、とくに高校時代は成績ワースト8は席を教卓付近にさせられるという制度があり、ぼくはずっと教卓の前だった。

 

だから、あからさまにあいつは勉強ができないというのが可視化されるわけです。

 

悔しくてがんばれる人ならいいかもしれいないけど、逆にどんどん自信を失った。

うまくいってなかったのは勉強だけでなく、人間関係も自分の思うように行っていなかったから、「オレ、コミュ力もないし、勉強もできないし、何やってもダメじゃん」と思い込むようになった。

 

本当に高校時代は詰まらなかったので、文集を捨ててしまったくらいだ。

 

高校の2年の時、塾に通い始めたのは居場所が欲しかっただけかもしれない。

 

塾は冴えない少年の居場所にもなるのだ。

 

学校は退職制度がないブラック企業

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小学校から高校ってぼくは村社会だと考えています。

 

とくに中学校からは部活というものが始まって、より学校で過ごす時間が長くなります。

 

だから学校で人間関係が上手くいかなくなると過酷なんです。

 

会社なら辞めるって手段があるけど、義務教育だとそうはいかないし、高校を辞めるのも今後のことを考えるとリスクが高いから決断に踏み切れない。

 

ある意味学校って逃げ場がないんです。

 

大人ならお金を稼いでとか貯金を使ったりして、遠くに行くことができるけど、子供だと金銭的な意味でハードルがすごい高い。

 

学校とは人によってその辺のブラック企業よりブラックにもなる場所なのだ。

 

塾というコミュニティーがあることでぼくは救われた

ぼくは学校で一日中誰ともしゃべらないで終わる日はざらにあって、本当につまらなかった。

 

それに加えて家庭にいるのもぼくは辛かった。

 

父と弟のどうでもいい親子ゲンカを見ているだけでウンザリすると同時に、「ちゃんとしなきゃ」みたいな気持ちになってしまう。

 

言いたいことは家庭でも言えず、家でも自分らしくいれなかった。

 

 

でも塾に通ってからは、塾の先生との会話が楽しかった。

 

「成績上げるために塾行っているんじゃないのかよ」ってツッコミが来るかもしれないが、ぼくにとっては話を聞いてもらうことが目的で行ってた今にして思う。

 

大好きなB’zの話、アニメの話、ぼくの悩みを聞いてくれる場所が塾しかなかった。

 

 

学校でも上手く行かない、家庭でも言いたいことが言えない、そんな冴えないぼくの唯一の居場所だった。

 

そんな思いで塾に通っているのはぼくだけではないと思う。

 

ハイパーリバ邸の言葉を借りるなら塾は冴えない子供達の「第3の居場所」だ。

 

これからの塾は学習指導だけじゃなくて選択肢を広げるきっかけを提供

学校に馴染めないというのはたまたまその学校の同級生とフィーリングが合わないだけってことだけだったりする。

 

一番エネルギーに溢れているときなのに、そんなことで自信を失って、顔色を伺いながら生きるってすごいもったいない。

 

だから未来の塾は学習指導よりも、生徒たちに選択肢を与えるきっかけ作りをするべきだ。

 

大学の教授を呼ぶとかじゃなくて、バリバリでレールを外れた人を紹介する。

 

ぼくなら、大学中退してミュージシャン目指してますくらいにレールを外れている人を紹介する。

 

べつにレールを外れて欲しいからとかそういうことじゃなくて、いろんな生き方があるってことを知って欲しい。

 

レールを外れた人がいることを知るだけで、すごいラクになれる。

 

大学行くだけが人生じゃないってわかるだけで、受験勉強も力まなくて済むと思うし、受験勉強をやめてミュージシャンを目指すのもあり。

 

大学に行くとか、会社に行くとかってことは全て自分が幸せに生きるための手段でしかないってことを知って欲しい。

 

そんな数ある手段の中で自分がどの手段を選択すれば幸せになれるのかってことに気づかないまま大人になる人がほとんどです。

 

親や学校の先生に流されての決断は自分の意思がない悲しい決断です。

 

自分の言いたいことを堂々と言えるようになるようなそんな社会を作るためにも、第3の居場所である塾が選択肢を考えるきっかけをどんどん提供するべきだと考えています。

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